万葉時代、中国大陸から藍が渡来するようになってから露草染めはすたれてしまいました。水と光に弱く、色があせやすかったのが理由です。色あせは摺染めの染料としては弱点だったのですが、簡単に脱色できるという特性をいかしたのが、友禅染めの発案者とされる宮崎友禅斎です。友禅染めや紋染めの下絵を描くのに、水で洗うとすぐに消えてしまうという特性を持つ露草の花汁が重宝されました。
滋賀県草津市には、露草の突然変種であるオオボウシバナ(大帽子花、アオバナともいう)の栽培農家が残っています。性状はまったく露草と同じですが、花は大きく10倍ほどあります。下絵用に利用するには露草では小さすぎて足りず、変異種を使うようになったものと推察できます。
早朝に摘んだ花のしぼり汁を典具帖という特定の和紙に刷毛で何度も塗り、染み込ませて乾かします。こうした根気のいる作業でつくられるのが「青花紙(青花ともいう)」です。
青花紙は正徳二年(1712)には近江(滋賀県)や伊勢(三重県)で売られていて、宝暦年間(1750年代)には大規模な栽培が行われていたそうです。 |
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露草の玉子炒め
葉と茎を適当な大きさに切り、とき玉子を加え、塩胡椒で味を調え炒めます。 |
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