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日本の誇るべき芸能の1つである狂言は、当初から狂言と呼ばれていたわけではありません。奈良時代の「散楽」にはじまり、平安時代や南北朝の「猿楽」を経て、この「狂言」という文字が、一古典芸能の名称としてはじめて文献上に登場するのは、今から約650年ほど前の室町時代のことです。

狂言という語は、古代中国語(漢語)で芸能を指す言葉ではなく、常識や道理の外れたこと、あるいは冗談とか戯言(ざれごと)などの意味を持つ言葉とされていたもので、日本ではこの漢語の意味をうまく汲み取り「タワゴト」と読んでいました。『万葉集』などには、でたらめな言葉とか冗談の意味でしばしば登場します。

これが今日と同様に「キョウゲン」と音読され、人々の間で普及するのは平安時代のことらしく、かの有名な唐の詩人・白居易が編集した詩文集の『白氏文集(はくしもんじゅう)』がその出展とされています。

王朝の貴族たちの間で愛読されていたこの文集のなかに「狂言綺語」という表現がありました。事実ではないことを聞きやすいように飾って表現する言葉、または文章のことをいいますが、藤原公任撰の詩歌集『和漢朗詠集』(1012年)に引用された結果、「キョウゲン」と音読されてたちまちのうちに流行語化。四字熟語のうちの綺語という下2文字と分離し独立。滑稽と同じ意味の常軌をはずれた言説や戯言を指す言葉として定着しました。

「能楽」という言葉があります。先年ユネスコから世界無形遺産に日本ではじめて登録されたのがこの能楽ですが、世間には能楽を能のみと間違って認識している人がまま見受けられます。事典などにも「能に同じ」とか「狂言を含むこともある」などと間違った説明をしたものがありますが、これは誤解で室町時代以来、能と狂言は同じ舞台で交互に上演され、また能の中の1役として参加してきたという密接な関係であり、能楽とは能と狂言の総称なのです。

一方、能と狂言の総称のように思われている言葉に「能狂言」があります。この場合の狂言は劇、演目といった意味合いで「歌舞伎の狂言」に対しての「能の狂言」というほどの意味として理解するのが正解。

狂言は散楽・猿楽から派生したものではなく、中世の農民たちによって創造されたという説があります。田植え時や収穫時に山の神を田へお招きし、直会(なおらい)の宴を張る。たけなわに出た滑稽で猥雑な物真似などを主体とした「俄芝居(にわかしばい)」をルーツとする説です。「面白おかしい」から「おかし」と呼んでいたらしく、「おかし」は、こうした素朴な背景を持つとする芸能にぴったりですが「狂言」という呼称が定着。戯れごとを物申し、演じて現在に至っています。

 
 
   
監修 / 茂山七五三  協力 / 茂山逸平  写真提供 / 茂山狂言会  
 
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